事案と受任前
本件は、セイコーエプソンのパソコン用カラープリンター組立工程の技術者であった被災者(40代男性)が年末商戦で販売開始直前のプリンターのリワーク業務(製品の不具合、製品のクレーム又は生産トラブルが発生した際、現地へ赴き生産ラインを含めた原因究明、検討及び改善を行う業務)のため東京出張中の2001年10月4日にくも膜下出血を発症して死亡した事案です。
地元の弁護士が代理人となって、労災保険給付不支給処分の取り消しを求めて長野地方裁判所で訴訟を追行してきましたが、一審判決は業務との因果関係を認めず、松本労働基準監督署長の決定を是認しました。東京高等裁判所に控訴するに当たり、被災者の妻から相談を受け、代理人に就任しました。
弁護活動と結果
東京高裁平成20年5月22日判決(労働判例968号58頁)は、海外出張業務それ自体、その繰り返しの質的な過重性を認定しただけでなく、被災者の担当していた業務が海外で行われる場合には精神的緊張を伴う業務となり、さらにリワーク業務はより大きな精神的緊張を伴うものであったと認め、労働災害(労災)と認定しました。
※裁判所HP
以下では、訴訟での工夫や判決内容を述べます。
一審の長野地裁は、発症前5か月間の時間外労働について、発症前2か月目を除き、23~49時間と認定しており、労働の量という点では、「箸にも棒にもかからない」事件でした。
そこで、控訴審では、約11か月間に9回、計183日もの海外出張について、海外出張の多い部署に配属される前と配属後の海外出張日数の比較、前任者や同じ業務に従事した同僚との比較をあえて重視しました。
さらに死亡した2001年の出張の予定と実績が乖離していること、具体的には海外出張回数の増加、1回の出張の最長日数の増加、出張平均日数の増加、海外出張から次の出張までの期間の短縮、海外出張した国の増加、出張における業務内容の追加などを明らかにしました。
これだけでなく、比較の対象ごとに表を作成したのですが、出張業務の過重負荷を理解してもらうためには表などを使ったビジュアル化が必要でしょう。
また、松本労働基準監督署長は被災者よりも海外出張日数が多い同僚がいることを理由に出張業務の過重性を否定する主張をしていましたが、海外出張の回数、海外出張から次の出張までの最短期間、海外出張した国の数・特徴、業務内容の種類を比較すると、被災者の方が過重であったと反論ができました。
東京高裁判決では直接触れられていませんが、裁判所には出張業務の過重性が理解され、労災認定につながったと思われます。
解決のポイント
労災認定基準は、疲労の蓄積により時間的経過とともに血管病変等が増悪していくという考え方をとっているのですが、東京高裁判決は、出張時の移動時間を含めても時間外労働の時間数が少ない中で、海外出張業務の質的過重性を直視して、素直に疲労蓄積とそれによる被災者の基礎疾患の増悪を認め、労災認定しました。ここに判決の最大の意義があります。
過労死事案が労災認定されるためには、業務の過重性を証明することが一番重要ですが、脳血管疾患や虚説精神疾患が「生活習慣病」とも言われていることから、被災者の基礎疾患や危険因子の内容や程度も問題となります。
本件では、被災者は東京台場出張中に頭痛を訴えて宿泊場所で飲酒をしており、長野地裁判決はこの大量飲酒がくも膜下出血の発症原因になったとし、労働災害(労災)を否定していました。これに対し、東京高裁判決は、「発症直前の10月2日とその前日である10月3日の夜、相当量のアルコールを摂取していたことが認められる」が、被災者が訴えていた頭痛は「被災者の解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血発症の前駆症状であったと推認するのが相当で」あり、被災者は「頭痛をこらえて業務に従事し、業務終了後は、飲酒をして頭痛をまぎらわしていたものと推認することができる」とし、これをリスクファクターであるとしながらも発症因子とは認めず、労働災害(労災)を否定しませんでした。
確かに大量飲酒は血圧上昇を引き起こすものなのですが、東京高裁判決は、度重なる海外出張業務および発症直前の東京台場出張業務を支障なく遂行していた被災者が、その基礎疾患を自然経過によりくも膜下出血を発症する寸前まで進行させていたものではなく、発症直前の飲酒が同人の基礎疾患を自然経過を超えて増悪させてくも膜下出血を発症する要因にはならないとし、労働災害(労災)を否定しなかったものです。
この点にも東京高裁判決の重要な意義があります。
なお、依頼者よりコメントをいただきました。詳しくは「依頼者の声」をご覧ください。