新入社員が高い英語力の必要な部署に配属されたけど、英語が苦手なので、仕事についていけない、これを理由に、企業が解雇することは許されるのでしょうか。
労働契約において、労働者は使用者に労務を提供し、使用者は労働者に賃金を支払う義務があります。もし労働者が労働契約上求められる労務を提供することができないのであれば契約違反となります。であれば、労働契約が成立した時点で、どういった合意があったのかが問題となります。
労働者の能力や適性に問題があったからといって、使用者は簡単に解雇することはできません。特に新入社員であれば、事前にどれだけの英語力を要求し、企業はどういう教育をしたのかが問われます。使用者は、労働者が労務提供をするために必要な教育訓練を施す義務があります。特に新入社員には必須のことです。業務上の英語力が高くないのであれば、社員を教育訓練するか、本人の能力や適性に応じた配置転換をするべきでしょう。使用者が解雇をする前に配慮や努力を怠っている場合、裁判所は解雇が無効だと判断するケースが多いです。
他方、中途採用の専門職であれば、企業の義務は異なってきます。海外の取引先とも対等な交渉ができる英語力が求められていたのに、仕事を始めてみると英語が使えないという場合は、専門職として賃金などで労働条件の優遇があるのが通常であり、英語が使えないことは労働契約違反になります。裁判所も解雇を有効だと判断するケースも出てくるでしょう。
次に、最近では「社内の公用語を英語にする」と宣言する企業が出てきていますが、英語ができないことを理由として降職(降格)や減給が許されるのでしょうか。
懲戒処分ではない降職(降格)は、使用者の裁量に委ねられています。業務上の必要性、および正当な動機や目的があれば、就業規則などに規定がなくても、人事上の裁量による降職は可能というのが一般的な考え方です。
しかし、事務や経理など特に英語を使わない部署があり、そこで着実に本来の業務を遂行しているにもかかわらず、英語ができないという理由だけで降職(降格)させるのは、業務上の必要性がなく、大きな不利益を労働者に課すことになり、権利の濫用となる場合もあります。
同じような環境で、昇進ができなかったり遅れたりする場合も同様です。部署によって英語の使用度は異なるでしょう。本来の業務を支障なく遂行しているのであれば、労働契約上求められる労務提供ができていることになるので、あまり使わない英語だけのために昇格が遅れるのは、全社統一の基準が不当だといえるでしょう。
英語の能力不足を理由にした減給も、同様に認められません。すでに決められている賃金を一方的に下げることは、労働契約の変更であり、労働者との同意が必要です。
それでは降職(降格)や減給ではなく、企業が全社員に「TOEIC」などの語学テストの成績獲得を義務づけ、査定に盛り込むことは許されるのでしょうか。人事評価において、業務上は英語を使わないのに、「TOEICの点数」を重要な評価項目に加え、英語の成績不良だけを理由に降職(降格)や減給をすることは、これも業務上の必要性がなく、大きな不利益を労働者に課すことになるので、権利の濫用となる場合があるでしょう。ただし、教育訓練として常識的な学習期間を設け、部署ごとに必要な英語レベルで人事評価をするのであれば、権利濫用とまではいえないでしょう。
業務上、高いレベルの英語が求められ、社員にも「TOEIC」で高い成績を求めるのであれば、企業が費用負担をし、語学教室に通う時間も残業として認めるべきです。社員の自助努力に任せておきながら、高いレベルを求めるというのは不合理です。
企業が適切な配慮をしないで、使わない英語のために人事評価が下げられ、昇進や昇給が遅れたとすれば、その社員は、損害賠償を求めることもできます。
裁判所は社会通念という「常識」に則って判断します。「おかしい」と感じたときには、訴訟や労働審判の申立てをしますので、弁護士にご相談ください。