現在の会社を退職して同業他社に転職しようとしたら、社長より、就業規則では退職後2年間は会社の許可を得ずに同一行政区域内の同業他社に雇用されたり、同業の事業を開始したりすることを禁止しており、これに違反すると損害賠償請求をすると言われたとき、競業避止義務違反に基づき損害賠償責任を負うのでしょうか。
退職後の労働者には、憲法上、職業選択の自由が保障されているので、原則として競合他社への転職や競業となる事業の開業・設立が禁止されることはありません。ただし、就業規則に規定がある場合は競業禁止の合意が成立します。とはいえ、職業選択の自由が保障されていることに鑑みて、常に合意が有効になるわけではありません。
裁判例では、競業行為を禁止する目的や必要性、退職前の労働者の地位、職種や業務の内容・性質、競業が禁止される業務の範囲、期間や地域、代償措置の有無等の事情から、競合他社への転職の禁止が必要かつ合理的な範囲を超える場合には無効となると判断されています。
第1に、競合する営業を禁止する目的や必要性については、競合する営業が会社の利益を保護するために必要であるときに認められます。会社独自の営業秘密やノウハウ、顧客や従業員の維持などです。一般的な営業手法や人脈程度のノウハウは正当な利益とはいえず、業務遂行過程において営業秘密を利用する立場になかったのであれば必要性は認められません。
第2に、競合する営業が禁止される範囲、期間や地域については、業界全体への転職を禁止したり、無期限であったり、地域が限定されていなかったりすると、禁止の範囲が広範にすぎるので、無効となります。
第3に、禁止の範囲がある程度広くても、代償措置があれば適用が有効となることがあります。代償措置とは、一定期間の賃金の支払いや退職金の上積みなどです。
特に禁止の必要性につき、取締役や労働基準法上の管理監督者に当たる役職ではなく、会社固有の営業秘密や顧客情報を保有していないのであれば、転職しても会社に損害を及ぼすことは通常なく、競業禁止をする必要性が低いです。 禁止の必要性が低いのに、代償措置もなく、広範かつ長期にわたって、競合他社への転職を禁止するなどの制限を加えるのであれば、就業規則の規定が無効になるか、少なくとも限定的に解釈されて適用されないことになります。 この場合、同業他社に転職したとしても、損害賠償責任を負うことはありません。
一方、就業規則に定めがない場合、退職時に競業禁止の誓約書に署名押印するよう求められることがありますが、労働者に競業禁止を承諾する義務はありませんので、サインする必要はありません。
しかし、会社から貸与されたパソコンやスマートフォンに保存されている機密情報を持ち出す(入社前に取得した情報を除く)、入社後の営業で獲得した顧客を奪う、同僚の従業員を引き抜いて競業の事業を開始するなど会社に対して積極的に損害を与える行為をした場合は、たとえ就業規則に定めがなく、誓約書に署名押印しなかったとしても、損害賠償責任を負う可能性があります。
損害賠償責任を負う可能性が低いとしても、同一行政区域内で同業他社に転職するのであれば、会社から請求を受けるリスク自体をゼロにすることはできません。しかし、会社は損害を受けたことを証明しなければならず、顧客を奪うなどの行為をしていなければ損害が発生したとは認められません。
そのため、入社前からの顧客であっても現在の会社で契約しているのであれば退職挨拶をすることにとどめ、営業活動は一定期間避けた方がよいです。積極的に契約の切替をすることは顧客を奪うことになり、会社に損害が発生します。契約の切替はあくまで顧客自身の判断に任せることが無難でしょう。